2018年7月17日火曜日

よそ行きの字

普段の自分の書き文字は意識して綺麗に書くことが多いです。
自分でも自分の字は汚くて、読めないことも多いため
見返す必要があるものほど、綺麗に書きます。

意識して書く自分の書き文字をみるたび「よそ行きの字だな〜」の感情も
持っており学生時はそれが強いストレスでした。なんか嘘ついてるみたいで…。
自分の字は嫌いだったし、書いてるときの感情も蘇るので、あまり見返したくなかった。
大人になってディスレクシアを知って「綺麗に書くのは必要悪かも」と納得でき
書字に対する妙な罪悪感?は消えていきました。
実際、綺麗に描かないと私の手書き文字は、伝達に支障が出るのでね。
(私の書字での綺麗=判読できる文字に整えるという意味)
よそ行き感覚に慣れすぎたのか、上手に脱力できないのかも。
女の子だとそういうのが強く出るのかな。
崩れた書字も見せちゃうか〜って試みもドリルのページでやってます。


右手で書いてた頃(数年前まで)は筆圧がとても強く、消しゴムもパワーがいるため
小学生から肩こりだった。左手で描くようになったのは、利き手矯正的な
左右混乱対策だし、脳と腕が疲れないためでした。左手は脱力が上手にできる。
私はもともとが両利き?なのか、現在も右手で字書けるし、書く速度も右手が上。
そもそも私は親から利き手矯正をされたわけじゃないし…正直よくわかりません。

右手で書く生活に戻すと昔の左右混乱が復活するので、封印しています。
改善しなかった左右混乱もありまして、それは昔から今も抱えております。
(Sを2の方向から書いたり、ZをSの流れで書いたり、ヨをEと書いたり…etc)



自分の中にあるジレンマと付き合うために自覚はよかったと思うし
字を解す場面で自然体ってのが、そもそも難しいんだろう…。
実技なこととか、絵や漫画を考える時には、すごく素になってます。
会話のゆるさも本来の自分と思ってる。勝手にしっかりものに見られる気もして、自分がよくわからなかった。
「できなさと出来のギャップが一般よりも高低差がある人で、それ全部が君なんだよ」と
はじめて認めてもらえた気がした知能検査の結果を眺め、勝手に涙が流れたっていう
漫画みたいなやつが起きたことあるけど(爆)衝撃と安心がありました。
自分のことを消化して、すとんときた。文字通り?腑に落ちたんだろう。
五臓六腑に染み渡った…みたいな。臓器系のことば面白い。


よそ行きを外すと、少し前の記事にある
・言葉が核心を突くみたいなニュアンスでストレート・端的すぎる、または情報が足りなさすぎると言われる、
 (=鋭い、わかりやすい、と感心されることもある)
・作文・会話が稚拙。回りくどくてわかりにくい、誤解されやすい。
 (=詳細に言ってくれるのでわかりやすい、と言う方もいる)
・相手が読めない字を書く、届きにくい様子になる。
 

悩みを言ったら「お前が悪い、直せ」「わかるように説明しろ」って感じに
言ってきた環境や相手も少なくなく、そのおかげで鍛えられた気もするが、
会話は好きだけど、得意ではない。恐怖もある。
もともと言葉が、自分の考えに追いつかないのもあって、会話や文章に反映されない。
その時差を億劫に感じはじめると、自然に口を閉ざします。(笑)
今は昔よりも会話楽しい〜と思うようになったけど、黙ることにも前向き…。
これは私なりの蛇足というか邪推。
対人関係において、IQが20離れてると会話が成立しにくい、みたいな見出しはみたことがある。
これが本当かどうかは知らないが。仮に本当だとして、これと似た現象が、
自分の中で起きるのが、発達凸凹というか、ディスレクシアかもしれんよね。
自分には、言語理解と処理速度の間に27のIQ差があって、
さらには、言語理解と作動記憶の間に22のIQ差もあります。
(知覚統合も、作動・処理ともに20以上の差がありますが…w)
…ディスレクシアは、内的対話が少ない、言葉でものを考えない。というのがあるようですが。
こういうのが動物感覚や映像思考につながるのでは〜なんて思っている。
重度か軽度かも、平穏な生き方につなげるためには大事だと思ってる。
軽度だからって軽く扱っていいわけじゃなく、見た目わかりにくいからって軽度と限らないことも
知って欲しい。おなじ界隈でも字が描けてる当事者は軽度に思われがちなアレは何なんだ…。
”読字”障害の話じゃないのかいw とこっそりツッコミ入れつつ、書き困難の深刻さも看過できないな…と思う。

…少し脱線しましたが…自然に口を閉ざしたりするのも
自己内の能力差(凸凹/非同期?)の現れ方もあるんじゃないの?と思ってます。
私は、他者関係よりもずっと、この自己内の時差にとてもイライラしていたクチです。
イライラは検査で凸凹の存在を知る前の、子供の頃からずっとありました。
できると思ったのにできない、読みたい小説が読めないし理解できない、
頭でわかってるのに口では言い間違える、書き間違える、
わざとじゃないんだけど変な結果を生む自分に、すごくモヤモヤさせられた。
完璧主義ではないと思うんですが、独特の不全感とずっと友達だった自負はある。
この体感で生きてると、自分で自分をバカに感じやすい…というか。
自他にそう思いやすい結果を自分自身で産んでるな〜とは自覚できる程度には
頭は回るんだけど、私は凸が突き抜けてるわけじゃないので賢いとも思えない…的な。
精神的に調子が崩れる前…学生時代はとても強い怒りがあった。
自分に癇癪起こしてたというか、フラストレーションが相当あったと思う。
いまは昔よりもだいぶいいです。ストレスで胃荒らす頻度も激減した。


人には打ち明けにくくて恥ずかしいと思える事情を抱えて、育ってきたせいか
結果関係なく、人知れず頑張れる人は好き。
時代遅れっぽい気はするけど…汗と涙の少年漫画みたいな話は大好きなのでね。
文明的・環境的にディスレクシアのジレンマは消せない気がするんで、変に思いつめたり
精神的に溜めないようにしたい。
これからも変わらず読み書きはがんばるし、率先して字と自分を遠ざけます。
率先して字と遠ざける心境になれたのが、特性自覚のお土産。
漫画でも、手書き文字を書く場面はよく起きるし、漫画描くのが好きだからこそ
葛藤深めだったが、これも特性自覚で楽になった。


塾で助手のお仕事しながら「自分の事情に興味もつ人と、同じ事情を抱えてる人たちと、
一緒に過ごす時間ってこんなに楽しくて安心するんだな〜」…ってしみじみ思ってます。
この歳で初めて知った。笑
仕事場で安心を知ったからか、自分の家族にも素直になれてる。
甘えることも文句言うことも、前よりできるようになった。
離れて暮らす距離が効果的かもしれんし、自信が少しついたからかもしれん。


学生時代を、自筆で乗り切るしかなかっただろう
同〜上世代の当事者に届いたらいいなーって感じで書きました。

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