2017年7月23日日曜日

趣味の話。

私の学生時代のころの、娯楽と友人関係の面で、ちょいと気づきがあったので
子供の時期を思い返しながら、書きました。
(私の話ですし、他の当事者にも当てはまるかは謎です)

大したことじゃないかもしれないし、
健常者の方にも多い日常なことかもしれません。
それでもよければ、続きからどうぞ。



私の学生時期は小1〜高2で、91年〜01年ごろの話です。
現代のお子さんとはかなり環境が違うんで、話半分に目を通していただければ幸いです。


▶︎小1〜6年まではTVばっかり見た子供で、また家よりは外でよく遊ぶ子供でした。
(一輪車を乗るとか自転車で買い物とか、近所の子たちと鬼ごっこかくれんぼ…等)
文字が関係しない遊びも多く、クラスの話題も学校後の夕方も
ものすごく楽しかった時代でした。

▶︎ただ5、6年あたりから、遊びの主流がゲーム等、家の中でできることに移りました。
私も友人もゲーム好き。
私はアクション、音楽ゲーム系が好きで得意で、
RPG、シミュレーション系がいまでも下手で苦手です。
まあRPGはゲームの中の文字を読まないとダメだし、説明書も分厚い印象でした。
私らの時代のゲームは、画面の中にひらがなカタカナだけが当たり前で、
私が苦手を感じたのも当然かも。でも自分の友人(というか友人に限らず女の子)は
不思議とRPG好きが多かったです。

▶︎そのため私は中学ごろから、友人との共通の話題が減ってしまいました。
流行りを知らないとクラスの話題に乗り遅れるわけですが…流行りの媒体も
文字中心(小説・漫画・ゲーム)がメインになり、外で遊ぶのが珍しいことに。
…都会なら外で遊ぶという内容が田舎より多いかな?
部活やスポーツに打ち込めるのも、いいことかも。

▶︎私が「漫画・絵を描く」に、のめり込むのも小6からで。漫画を描き始めたのは
小3ごろですが「絵描くの大好き!」ってほどの熱意はなくて。
字や言葉や会話で自分の思う通りに言えないから、絵やお話やキャラにして
なんか表現したかったのでしょうね。別に言いたいことがきちんとあるわけでもないが。
また職業的にも、自分の絵で食えたら…(てかサラリーできるイメージが全然抱けなかった…)
と考え始めたのも6年生ごろ。女性って事務仕事イメージで、じゃあ私には無理と。
子供の頃から自然とそう感じ取ってて、勝手にフリーランスが目標になってました。
精神薬の副作用で床に伏せた時期も、ベッドから起き上がってペンを持って
何かが描きたかったくらいには熱量がつづいてて、ずいぶん長く続いてる
自分の唯一の趣味かもしれないです。


+++
友人との距離感にも悩み始める中高時期に、学業苦労もすごく多いので
思春期は大変で当然と捉えてます。
(自分的には、教科書に漢字が少ない小1〜3年までと、高校生活がきつかった。
別の当事者さんも「高校が一番きつい」と言ってたので、思春期の過酷さは当事者的には自然なことかもです…辛いですが…。)

こういう時期に、他人の大人(塾の先生とか、趣味の先輩とか)で認められるとか
友人が多さなどは、すごく大事かなと。
「子供のときに、自分と同じ悩みをもつ、兄さん姉さんがいたら心強かったな〜」
という私の願望もあります。近所の兄さん姉さんみたいに…遠いけど近い位置の
他人の大人から認めてもらえてたら、その時期すごく嬉しかっただろう…みたいなね。

もじこ塾さんのお手伝いも、そんな気持ちで関わらせてもらっています。
私は座学下手で勉強結果も成果も出せないやつでしたから、
自ら勉強を教えることはできませんけども。
でも当事者感覚を言葉にしたり、漫画でレポするとか…「雰囲気」って材料や手段は
あるので、私にできることをしていくつもり。


趣味世界でも障害と理解されず「好みの問題」と言われやすくて、割と孤独を感じます。
好みが突破口だし情熱だから肝といえばそうだけど、
私は「好きでも読めないこと」のが、圧倒的に多いんですよね〜。
新刊を中古屋に何度も手放しにいくことが続いて、それが子供心に虚しくなり、
買ってすぐに手放すたびに、作者さんや本に対しての申し訳なさも同時に味わいました。
好き作品の小説版が出ても諦めが先にくるあたり、自分の苦手意識は根深いのかも。

趣味は好きに選ぶのだと思うけど、ディスレクシアは視覚・聴覚・身体障害の
状況と似て、娯楽の幅にも影響大かも。なんて思います。
うまく読めない自分は、もともと幅が狭まりやすいかも…の感想も改めて抱きました。
…自分のことを他人事のように言いますね私。笑


読めるが書けない系の方とは、状況が違うかもしれません。

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