2017年9月9日土曜日

漢字と仮名文字のジレンマ

私は音韻の処理や理解の速度?が不得意で、読む時は漢字があるのが好きで(目で読む)
筆記も漢字を使いたいほうなので、書字がものすごく遅いです。

漢字が苦手な当事者は、手で書くときひらがなで書き通すことがあるようですが
自分はひらがなカタカナが苦手だからか、居心地の悪さ?みたいなものが出てしまい
うまくできません。遅くてもいいので、ちゃんと漢字を書きたくなります。
(字を思い出したり、書く動作も遅い。だから自室でひとり静かに書くのが好き)



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最近はデータで音楽を買うことが増えたので、歌詞カードがないまま買えますよね。
なので「歌詞を聞き取って、書き取ってみる」っていう遊びを勝手にやってます。
手で書くと漢字を書きたくなるので、キーボードで打ち出します。
キーボードだと聞き取りと書き取りの速度の乖離が減るんで、楽しいし。
耳コピの練習みたいなものですw 正解かどうかはネットの歌詞提供サイト?みたいな
ところで見比べて、自分が満足したら終了というゆるさw
ちなみにこの歌詞の聞き取り書き取りゲームは、何度も歌を聞き返してます。
私は飽きが少ない?のか、書取りに満足するまで1曲繰り返し聞くことも
割と楽しくやれるため続けていけます。聞き取りの理解も処理も遅いので
何度も何度もイヤホンで聞きながら、抜けを埋めていく感じで進めてます。
ばーーーっとかけたところから、徐々に虫食いを埋めるようにww
新譜で、ゲームのためにと思うと最低でも10回は通して繰り返し聞いてます。
聴き取れない箇所を戻ったりも激しいし。
まあ自分のペースだとそんなものです。もっと多いかも。
自分だけの遊びなので、満足できるまでできるのが楽しい。


私が歌詞を意識して聞き取る時は、全部ひらがなで聞こえてくる感覚があるので
(日本語の音として聞こえる感じ。頭にひらがなが見え浮かぶわけではない。)
とりあえずは聞こえてくる音をひらがなでばーーーーっとタイピングをします。
意味がわからんことばの音?がでてくると、手が止まり、何も書けなくなるのですが
(音を字に落とせないっていうか、どのひらがなで書けばいいかがわからず放棄する)
あとから変換や編集がしやすい心構えもできるためか、データは空欄も怖くなくなる。
空欄の大きさも自分で後から調整できるから、聞き取り書取りに集中できるし〜。



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手書きでひらがなばっかりで書く方の疑似体験できた気がした。
私はキーボードで書き取りすると、音に意識も向けるんだなあ。
視覚優位っぽいというか…普段は音に意識が回せないくらい頭使うってこと…???

当事者は、漢字と仮名文字のジレンマが大きく、重荷のようで
各々大変だろうと思う。漢字苦手な人はそりゃ海外行きたいかも。


一方で、漢字書ける当事者もいるはずなのに、日本の体験談は漢字書けない…ばかりで、
個人的に少しモヤモヤ…。日本語特有の事情だし大事ですけどね、うん。
私は海外のを参考にしてます。漢字書けるタイプは現場で(学校・医療ともに)
完全に見逃されているという話も聞き、危惧してます。
私が親や教師からも何も言われなかったり誤診されるのは、当然かも。
(日本語はまあまあ乗り切れてしまったが、英語は本当に成績が悪かった)
(おまけに数学も悪かったため、文理どちらにも私の居場所がない気がして中退を決意w)

ちなみに私はいまも別の診断名(精神障害と発達障害のふたつ)で
諸々の手続きをしています。立ち位置はまだ自称当事者です。
(私が自分で「waisを受けたい」と医師に希望を伝え検査を受けさせてもらい凸凹があることが発覚。ただ、その心療内科の医師から「うちはLDは診ない(専門外)」と告げられたため、ディスレクシア的な方面の検査や、読み書き検査はまだ受けていない状態です)
なんだろう…小6あたりから自己分析とか試行錯誤が、習慣や癖になってます。
行政の手続き的な意味で、東京でも病院を探さないと。
自分で言わないと検査の話題が出ないのはさすがに…うん。
自分の苦手を自覚しててよかったなと心底思いました。


漢字書けないのがディスレクシアの王道…な展開にならないことを願いつつ、
自分側(音韻系)の困りごとも、懲りずに言ってくほうがいいのかな、と思った。
当事者的なことを漫画で言うようになったので、ここの更新頻度がさらに減りますが
私は漫画で言うほうが伝わりやすい気がするし、もじこさんのブログで
見ていただけると嬉しいです。

2017年7月23日日曜日

趣味の話。

私の学生時代のころの、娯楽と友人関係の面で、ちょいと気づきがあったので
子供の時期を思い返しながら、書きました。
(私の話ですし、他の当事者にも当てはまるかは謎です)

大したことじゃないかもしれないし、
健常者の方にも多い日常なことかもしれません。
それでもよければ、続きからどうぞ。



2017年7月6日木曜日

身近な不安

私は、外側からは普通に読み書きできてるように見えるみたいなので、
事情を説明しても「これ届いてないな〜…」という手応えの薄さは日々あります。
頑張って読み書きできるようにしたら、説得力が消えるから厄介です。

まあそれでも一応、説明することは意識して、気をつけてます。
私の場合は、声での言葉の扱いも上手じゃないので、話すことに消極的ですし
人から聞かれるまで話すことをしなさそうですし「話すこと」を忘れがち…(爆)

引っ込み思案というわけではないけど、慎重な性格だなとは思います。
自分の納得感を守る意味では、かなりの頑固者です。


大人でも、不慣れな地域に行くと行動力が多少弱まるじゃないですか。
でもガイドブック片手にすると、旅行先でもとりあえずは出かけられる。
……みたいな体感。
同じようなことが、ディスレクシアの日常の不安として、いつもそばにある感覚です。
案内もガイドブックも手元にあっても、読めないもので書かれてるから、不安。

外国に単身で赴くような不安とすれば、想像しやすいでしょうか。


こういう不安をいつものこととして過ごす当事者は、慎重さや
自分が納得しないと勉強に動けない腰重さに出ると思ってます。

読めない教科書を指して「読めばわかるだろう」「できないの?」と言われても
「自分には読めないから、もう読まない。やめた。」で、理屈通っちゃうし、
口が上手い当事者相手の場合は、手を焼くと思います。
お子さんに勉強させたくても、親の思惑通りには動いてくれない。
「勉強させたい」系の親御さんの愚痴?や悩みは、多く目にする気がします。

なんで勉強しないのか…という根っこの一つに「不安が消えない」ということを
知ってくれると嬉しいかも。年齢的に繊細な時期だと学校でも家でも
緊張で張り詰めてたり、反抗的なこともありそうです(私はそうでした)



2017年3月28日火曜日

新しい波!

ディスレクシア関連の新しい漫画が発表されています!応援応援。

「うちの子は字が書けない 〜発達性読み書き障害の息子がいます〜」

漫画家さんの息子さんが当事者さんだそうです(読めるけど書けない・書くのが遅い系)。本業の漫画家さんによる、初のエッセイ漫画だそう。書けない系の当事者さんにはよくある…周囲の一部の大人たち(このエッセイ作者であるお母様と、2話に出る教頭先生など)が、周りの子になくてフユくんにある「???」に気づいていくようです。
杉本亜未先生のファンタジウムに続いて、素敵な作品が増えてくれましたよ!わーい!おすすめ。



…記事はこれ以下にも続きますが、私的な考えなどをあやふやな言葉で表現しているのであえて隠しておきました。読まなくても全然いいっす。


2017年3月3日金曜日

感覚を言葉に直すのは難しい

お久しぶりです。

感覚を言葉に直すのは難しい、と自分でも思います。
ディスレクシア感覚を言葉で言えるようになったのは、ディスレクシアという物事を
自分なりの知識を深めた上の話です。自覚と勉強を済ませないと話すことはなかったです。
私は『当事者感覚をよく言葉にできてる方』らしく、その反応が嬉しいので頑張れます。
私は言葉にできない時代のが圧倒的に長いのです。

昔から多少の文章が書けるからか「言う聞く」訓練が足りてない私に
『あえて書かない練習』もさせているので、現在は文面で黙る日が増えてます。

体調的に言葉がでないために、何も言えない日もあるし、
言葉はあっても体力温存のために、言わないことを選ぶこともするし。
興味があるから昔から本は読みたいし読めるようになりたいし、
体力がないと読めない現実だし、疲れやすいから一切読みたくない日もあるし。


昔からこんな日常なので、ディスレクシア話は総じて複雑というか
長くなってしまいますね。しばらくこのブログものんびりになりますw


2016年11月27日日曜日

ディスレクシアにとって「好き」が一番大事だと思う、私なりの考え。

健常者であっても「字を頑張ったら褒められる時期」は小学校入学あたりで
終わっただろうと、私は予想しています。昔から周囲を見て思っていましたが
普通の人でも「字で褒められる場面」って、あまりない気がします。
もちろん、国語の授業で音読が褒められ、読む仕事に関心を持つ経験がある人などもいるでしょうし、
習字が上手な子や字が綺麗だと褒められることはあり、
私が見て来た景色で少ないだけで、意外と多いことかもしれないですけど。

それは当たり前にできることだから、が正直な所かもしれません。
「褒めるほどのことじゃない」と。叱られも褒められもしない人のが多そうです。
ディスレクシアは、普通の人よりも強い気持ちを持って、自分で気持ちを保ちながら
字を頑張っていかないといけません。時間的にも気力的にも。
努力の日々でも褒めはなく、できなさが際立つため叱られるのが日常だと思う。
これは日本の文化ですかね。欠点なくそう運動みたいな風習は。
自分的に(これは相当がんばったぞ)と思っていても、周囲からは
「やっと当たり前のことができたのか。さっさと次にいきなさい」という感じもあり
努力自体が、軽んじて扱われがち。

2016年10月20日木曜日

日本語の事情かなー。

私としてはディスレクシアの認知度のなさがまずいと睨んでます。ちょっとずつ広まったらいいな。
英語のように、音と字の関係性?が複雑な言語の国ほど早い時期からディスレクシア研究が盛んなようです。100年以上前から識字率の高い状態が続いてる日本なのでそもそも読めない書けないって何?な発想になり、気づく機会が環境的にも少ない気がする。
あと日本語は字種が多いので挫折ポイントもたくさんある。


まず漢字。
読み自体は音訓があり、また熟語次第で音が変わることも多く字で音を探ること?が難しい??ふりがな振るだけで怒られる話とかも胸が痛みます。視覚の力が高いタイプは目で意味理解・文字の形を記憶したり模写して書き写すことはできるため学校で気づかれないことは予想できる。漢字を使った熟語・漢字そのものの意味として運用はできるが、漢字という文字(音+字という記号=文字)の運用は満足にできてないこともあり、変な認識違いも頻繁に見せると成績は上がらない。授業は日本語で進むわけですから遅れるのは当然。鬼畜仕様がデフォってお前…まじかよってやつですが、まじですよ。
私は詳しく知らない相手からは割と「真面目」で通った気がするが、家族友人に言わせると不思議で予測つかない系で…間違いも斜め上で意味わからんwwのギャップはあったと思う。意図せず困惑させてるらしく、なんかごめんw ^p^

つづいて英語。
ディスレクシアには苦手さがでる言語らしく授業はつまづく。ただ英会話は得意な子もいるため耳のいい当事者は書けないことがネックかな。聞く力が弱い場合(私はコレです)は、音韻ルールに自力で気づけず読めない書けないのスパイラルになるかも

あと、ひらがなカタカナ。
私はこれが苦手です。ルビを振る・楽譜にドレミ書き込むと返って頭が混乱することを自覚して自然とやらなくなりました。楽譜は書き込むよりも何度も音を鳴らして、指や体感覚で覚えた方が早かったんで。

……ということは楽器と同じで言葉の音の感覚も、音読(字を見て声を出す)よりも復唱(耳で聞く音を真似する)とか会話などの体感覚で行うほうが大きく身につく…?なんてことも浮かびました。耳を鍛えるという名目で。
実際はどうなんだろう。試して自分に問いかけてみるかなぁ…。

2016年10月13日木曜日

読めなさ書けなさを

何が最善なのかは今もわかりませんけど、
そう信じて結果転ぶことは恥じゃないとゆー意識は大事だと思う。
…唐突に何?って感じですかね。

ディスレクシアのアイデンティティ=字で思考しないことじゃね?と思い始めたら「当事者の幸せって…」と一瞬わからなくなった。いや、生活上「字を読める書けるスキル」は持てたほうがいい。あやふやでも自分の手で書け、読めるのは快感なんでね。ディスレクシアに関しては「字を読めない書けないことが悪という話ではない」という確認が必要かもしれない。
外国語は誰しもが読めない書けない状態で出会うのだと思うが、母国語でもそれが起きる=当事者では?字は身につけるに値するスキル。私は当事者に読み書きを諦めて欲しくないし「一緒に頑張ろう」って気持ちで記事も書いている。過去何度も諦めそうになったけど、読まなくていいとは言えないなぁ。自分でできることも快感と知ったしww(読み書きに困らない人には当たり前すぎて感じにくい喜び?)。うまく言えない書けない聞けない読めない経験が多いくせに言葉の交流も好き。私には話さない交流のほうが、自然体・簡単・快適・楽しさ・充実感などで言えば数段上であるけど、話して書いて通じる言葉の快感も捨て難い(だから絵ではなく「漫画」を描くことが私には悩ましくも楽しいのかも)。


++++
日本は、江戸時代ごろすでに識字率が超高いらしい。「読めない=バカ」が昔から強いんじゃない?そもそもディスレクシアなんて存在があり得るの?って超常現象みたく最初から斜めな捉え方をされがちです。なので私も真面目に悩みを吐露しようなんて発想はなかったな…怖かったもん。多数派(字の文化・生活様式)に寄り沿い生活している存在とディスレクシアを捉えると、読めない書けないを認めるのも一つの信頼だと思うなぁ。字に困惑してることを受け止められるだけでだいぶ満たされる。私はそれ以上は相手に求めてないなぁ…私は学歴関係ない分野で働くのが幼い頃からの目標だったし、生きるに困らん程度に読めたらいいと思ってる。
字に困るのは生活上の障害(ハンデ)なのは事実だから鍛える必要があるはずなので、仕事をするのなら字の読み書きは頑張らないとね。なので能力の会得もゆっくり頑張ろう、が私の気持ちなのですが、自分の家で過ごす時くらい「読めないことに素直な自分」を出したいのも本音なので、私は家での不安のが大きかった。

当事者は言葉や字で考えないだけであって、映像や体感や経験から考えることはちゃんとできるし、してます。映像思考な私が学校で味わい見聞きする景色のひとつひとつは「恥と思わないほうが難しい」現実で、家族と衝突してる映像記憶も多いです。記憶があいまいなのは健忘かもしれないねw 学校に遅くまで残り友人と話しながら帰り、さらに寄り道をして、帰宅してからは家出の空想を巡らすことがあった子供でした。私からみる家族はとてもありがたく怖く、家族でも共感は難しいことを教えられた。
ディスレクシアが弱点ですから、なんとかせねば…な論調は苦手ですね。そりゃあ障害になる現実も明らかだが、当事者にディスレクシアの苦手意識を植え付けたら一番ダメなやつじゃん…できることもできなくなる。行き過ぎると「こんな頭の自分は生きてもダメ」発想にならない?ちゃんと利点も伝えないとフェアじゃないし、怒るだけ怒って放置ってのは自尊心を抱けってほうが無理かな。一桁の子供相手にそんな酷な……と思う。


2016年10月5日水曜日

再確認。

自分の過去を振り返る話をすると…やはりというか心配されます。
珍しい経験も多いし、反応に戸惑うのかも。
私としては、どうしていいかわからない反応も素直に嬉しいです。
何かを答えなくちゃいけないことではないし。

私が、自分を振り返ることが多いのはきっと教科書がないから。
ディスレクシアを知らなかった30年も、知ってからの今も変わらず
先の見えない状態ですが、今の方が安心が多いです。
それっぽい特徴は生まれつきながら、自分がどう読み書きしてるのか
出来てきたのか…自分でも謎で(現在でも、読めない書けないが多々あるため)
自分の経験値しか頼る存在がないんですよね…。

2016年9月26日月曜日

浮遊感。

当事者なりの愚痴を言ってもいいのなら吐き出すんですけど、
どこに言えばいいのかわからずに、途方にくれることがあります。
共感がある相手となら、具体的なことも言い合えるのでしょうけど
当事者はそういう相手も友人の中から滅多に見つけることもできずにいることが
孤独な状況かもしれませんし、精神的な問題が大きい子もいるかも。
私も溜め込んでしまったかもしれませんし、どこが安定なのかがよくわかりませんが
過去を振り返ると、溜め込むことがダメなことは知ってる。
できることなら、できる限り吐き出す。
気持ちが滅入ることは、モチベーションが行動力の要の当事者ほど死活問題です。
モチベーションが肝な日常感覚だからこそ、不用意な不安で周囲を煽ることも嫌。
自分の言葉で言えない間は、言わないことを選んだのも自分の方法だったんですよ。

なので誰かに話せない状況ならせめて、別の形で消化するなり自分を癒してあげないと。
を自分に見せる目的も兼ねて、ちょろっと吐き出しておく。